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フェミニズムの観点から凌辱性表現規制を考察

前のエントリーの続き~。

もうひとつ、規制派の意見として、内容が女性蔑視であるとフェミニズムの点から規制を主張してますが、創作物の中の女性というのは、女性でありません。

ではなにかといいますと、制作者の立場としてこれはあまりいいたくはないのですが、制作者の分身です。

制作者の頭の中にある脳みそは誰のものか。
制作者のものです。

制作者の脳みその中で走っているソフトウェアは誰のものか。
制作者のものです。

制作者の脳みその中にあるソフトウェアによって創り出される女の子は誰のものか。
制作者のものです。
フェミニズムさんのものではありません。

と、こういう図式。
法律にもそう書かれてます。
著作権という形で。

暴力も、リアル暴力と空想上の暴力では、まったく違うものですからねん。
フェミニズムさんは、リアル暴力=空想上の暴力という理解をしているようですが、それは激しく間違いです。

原稿用紙に描かれる女の子絵も、漫画やアニメの場合、実際の人間をモデルにするというより、それまでつちかわれてきた漫画技法、手塚治虫先生からの絵柄を分化・延長させたものです。

手塚治虫絵柄も元は動物(バンビ)を模したものですし。

蔑視ということをいうなら、女性蔑視というより手塚治虫絵柄(動物)蔑視ですね。

ちなみにわしも(も?)リアルな女性はノーサンキューであります。
アニメや漫画の女の子萌え。
リアルな女性を描いたものなら好きにならないし読まないゲームしない。

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