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原発についてわしの考えの遍歴

私が原発問題を知ったのは25~30年前くらいの18前後の頃だったかしら。
その頃はけっこう原発反対運動がさかんでして。

私も「核廃棄物何万年保管とか無理だろ、万年といったら猿から人類まで進化できちゃう時間だし」と思って原発反対でした。

コミックボックスの『高校生が原発反対のビラ配っただけで逮捕家宅捜索』という記事を読んで、「政府って本気だしたらこんな簡単に言論封殺しちゃうんだ」とそら恐ろしくもなった次第。

忌野清志郎さんも原発反対ソングを出して、反対運動は一定の盛り上がりをみせました。

しかしそれにもかかわらず、その後運動は徐々に収束していって、私も「日本は資源もないしみんな原発安全っていってるからそうなのかな」と考えは傾いていった次第。

でも原発反対言論がなくなっていったのは、原発利権からの飴(お金・スポンサー)とムチ(御用学者による理論武装)攻勢で報道機関さえも懐柔されていったから、というのを最近知った。
ツイッターで知った。

そういえば、デンコちゃんのCMがテレビで流れはじめたのって、忌野清志郎さんの反原発ソングが流行ったすぐあとだったような気がする。

で現在、「やっぱり原発安全ってのは嘘だったやん、原発安全神話だったやん、だまされた」という考えに変わりました。

日本の国力って創始以来ずっとゆるやかな右肩上がりだったんですよね。
戦争に負けたりして一時的に下がることはあっても総合してみるとずっと右肩上がり。

日本人のお気楽さってここから来ているのではないだろか。
もしかすると日本人て、国というのは先進国から転げ落ちることもある、ということをイメージできない民族なのではないだろか。

世界史の年表をみると、世界の主流だった国もどんどん転げ落ちている歴史があって、日本もそうならない保証はないのですが、それをイメージできないんではなかろうか。

東電や原発行政が国を滅ぼす力のある危険なもの扱っているというのに、ぜんぜん危機感なく運営していたというのは、こういう民族性があるからなんではなかろうか。

私が憤懣やるせないのは、今回の事故が、日本が転げ落ちるきっかけに容易になりうる、という点です。
東電と原発行政のばかさかげんのせいで、大好きな日本が、後進国に落ちていく。
腹立つ。

国力が落ちるということはですね、今ではフリーターでもがんばれば海外旅行くらい行けるじゃないですか。
それが国力が落ちた分だけ不可能になるんです。
海外旅行なんて夢のまた夢になる時代がやってくるんです。

私が生まれた年代が、そういう時代でしたから。
そういう時代に逆戻りというわけです。

数年前くらい前まではフリーターでも結婚できたんですよ。
今ではフリーターでは結婚無理と言われてます。
原発事故がおこらなくても日本の国力は徐々に落ちていってるんです。

あと車も持てなくなります。
よっぽどのことがないと車無理。
インフルエンザ(新型)の予防接種も無理。
お金持ちの子供は助かって貧乏人の子供は死んでいくという時代がやってきます。

国力が落ちるということは、贅沢ができなくなるということだけではなく、命に値段がつく、ということ。

原発の運営を誤れば、そういう時代がやってくるという危機感を持たなければいけないのに、東電や原発行政はそんな危機感などなんも持ってなかったんですね。

原発は(今すぐには)なくせない。
危機感のない原発電気会社には危機感をもって原発運営してもらいたい。
どうすれば危機感をもってもらえるか?
怒るしかないと思います。

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|* ̄┏Д┓ ̄|道具IN即斥候ラッシュじゃね?

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